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碧の森  〜もうひとつのガムラン
  bunka
作曲家 ヴィンセント・マクダモット氏を迎えて
日時:2005年6月5日(日) 15:00開演(14:00開場)  場所:碧水ホール
チケット:当日 2500円/前売 2000円/学生 1000円/こども 500円

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 さて、来日してからの彼は、とても精力的でした。何しろ私は2つのグループに新作を書いてくれと言ったのですから。月曜と土曜がマルガサリ、水曜がティルト・クンチョノというパターンで、それぞれの練習場所に通いました。ティルト・クンチョノには、ベンジャミン・ブリテンの名作『青少年のための管弦楽入門』にヒントを得た、ジャワ音楽入門のような作品をつくることとなりました。本日はヴィンセント氏本人のナレーションによる上演となるはずです。これは3楽章からなっているのですが、『碧の森』を作り終えたいま、この『小協奏曲』が実にうまく『碧の森』とリンクしていることが分かります。例えば、第3楽章に「家に帰って・・I am going home」という歌があるのですが、それは碧の森から家に戻っていくという『碧の森』の最終場面を暗示しているのです。このような凝った織物のようなテクスチュアをつくっていくのがヴィンセント氏の特性であり、それは常に目立たぬ形で作品のなかに埋め込まれています。どちらかといえば玄人受けする作曲家なのかもしれません。大向こうをうならせるというよりは、じわ?っと効いてくる感じです。
 
 彼は自分のことをノマド(流浪者)だと言います。確かに、何度も結婚と離婚を繰り返す彼の性分はノマドです。しかし、そういう私生活的なことよりも、むしろ音楽に対する彼のスタンスこそがノマドと言えそうです。西洋音楽だけでは飽きたらず、インド、ジャワへの音楽遍歴、そしていま日本にいて、その後はトルコ、イタリアに住む計画をしている。
紛争後のサラエボにも住んでいたらしい。まるで浮き草のようでありながら、それらの音楽を重層的に取り込んでいく。
いったいその果てはどうなるんだろうと溜め息が出そうです。これがアメリカの相対主義の具現なのかどうか私には判断はつきませんが、常に「満たされない」という感覚は、とてもよく理解できます。実は、この練習期間中にも私は彼に、作風がまだまだ穏健だという「激烈な」メールを何度も送りました。彼はそれに対して決して激することなく、言いたいことはいっぱいあるが「あなたの意見には賛成しかねる」と返し、また「微笑を忘れないでおこう」とも添えてくるのでした。私の苛立ちは、彼の音楽の表層に対するものであり、じっくり楽譜を眺めていると、さきほども書いたような巧妙な仕掛が随所になされています。おそらく、そういった深層に容易に到達できない自分への苛立ちだったのかもしれません。
 
 彼に、結局あなたが日本でやった「実験」は何だったのか、と尋ねました。彼はニヤリと笑っただけです。本日の演奏を聴いていただくと、雑多な様式が混ざった折衷的な音楽にきこえるかもしれません。しかし敢えていえば、それは折衷ではなく、並存です。しかも、異なる様式の中に巧みにめりこんでいっている。そういった複雑さをうまく演奏できるならば、ヴィンセントという不可思議な人間の背骨みたいなものが見えて(きこえて)くるような気がします。

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主催:マルガサリ 共催:大阪市立大学都市文化研究センター
後援:甲賀市 甲賀市教育委員会 インドネシア総領事館
協賛:asahi 協力:碧水ホール


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