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碧の森 〜もうひとつのガムラン |
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作曲家 ヴィンセント・マクダモット氏を迎えて | ||||
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ヴィンセントという背骨 |
中川 真 |
実は、このコンサートはマルガサリが初めて行う、有料の自主企画コンサートです。無料では私たちのスタジオ「スペース天」にて、10回以上のコンサートを開いてきましたが、それ以外の全てが依頼演奏であったのは不思議な感じもいたします。従って、このコンサートを開催するにあたっては甚大なるご支援を各方面からいただきました。賛助出演いただくティルト・クンチョノ、とうもろこし、ヴィンセント氏のほか、碧水ホール、甲賀市、甲賀市教育委員会、大阪市立大学都市文化研究センター、インドネシア総領事館、アサヒビール株式会社など、多くの方々、機関の援助があって成り立っております。心よりお礼申し上げます。また、足をお運びいただいたみなさまにもお礼申し上げます。 |
ヴィンセント・マクダモット氏と初めて会ったのは、そう古いことではありません。1年少し前のある日、ジョグジャカルタにある私の大学のオフィスに彼は訪ねてきました。その前にメールのやりとりがあっただけで、私は彼の音楽については全く知りませんでした。日本に行って創作活動したいという。そこで、私はあなたの曲を聴かせてくださいと言って、いくつかの曲が入ったCDとスコアをもらいました。 |
正直言って、少し躊躇しました。その音楽はアメリカ的といってよい好ましい大らかさをもっていたものの、毒が足りないように思いました。ルー・ハリソンやポーリン・オリベロス、ジョン・ケージなどのガムラン作品をすでに演奏していた私には、強い個性に欠けるような気がしたのです。もちろん、その時には、彼が日本に来てから示したような驚くべき粘り腰や、融通無碍な性格については気づかなかったわけですが。 |
2度目に会ったときに正直に言いました。あなたの作風は穏健で、私の求めているものとは少し違う、と。彼は戸惑ったようですが、特に反論することもなく私の話を聞いていました。そのように言われるのなら、いっそう中川と仕事がしたくなったとすら言うのです。そこで私はひとつの提案をしました。あなたは70歳を超えている。世間ではいい歳だ。でも、もし日本に来て、これまでにない新しい実験に取り組んでくれるのなら、招聘したいと言いました。私にはホセ・マセダが80歳を超えてもまだ新作を作り続けた姿が目に焼きついていました。マセダの80歳の頃にガムランの新作を委嘱したことがあります。言い方は失礼ですが、お年寄りを鼓舞し、さらに前進してもらうというのが私の責務でもあるような気がします。私自身、年寄りになっても挑戦的でありたいという願いがあります。しかし、誰かがその尻を叩かねばならない。そういう意味合いで、私はヴィンセント氏に賭けてみようと思いました。 |
そこで作曲委嘱にあたってひとつの条件を出しました。これまでの作曲法に極力頼らないという方針を徹底させるために、4月に来日するまでに、絶対曲を考えないでほしいと申し出ました。実は、4月末にマルガサリは、知的障害のある人たちとの実験作品『さあトーマス』を上演することになっており、その最新のマルガサリの姿を見た上で、曲づくりを開始してくださいと言いました。彼はそれを了解しました。もう後には引けません。私はフルブライト財団に長文の申請書類を送りました。去年(2004)の夏のことです。 |
彼の来日の直前に、たまたまマルガサリのメンバーである佐々木宏実氏がジョグジャカルタに行くこととなり、彼女に交渉ミッションを委託しました。本日の作品コンセプトの大半は彼女とヴィンセントとの対話のたまものです。 |
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